アナウンサーの学校、東京アナウンスアカデミーとは

57年の実績。時代の要求にそったハイレベルな人材を養成する学校です。
徹底した基礎訓練と実践訓練を中心とした専門指導。
本校は開校以来57年間に5,600名に及ぶステーションアナウンサー、声優、放送タレント、CMタレント、DJ、フリーアナウンサー等を送り出して来ました。
また、本校では、57年間の実績をもとに、徹底した基礎訓練と実践訓練を中心とした専門指導を行い、時代の要求にそったハイレベルな人材を養成し、現在もマスコミ界に送り続けています。
マスコミ界でプロとして活躍を希望する方、又、マスコミ界に関心を持ち、自分の力を最大限に発揮したいと望む方のために、それぞれの目的に合わせたコース選択ができるようになっています。 又、週1回~週2回の授業ですので、会社や学校に行きながら通えるのも本校の特徴です。
アナウンサー学校のプレートとスタジオ風景
 
沿革
昭和26年 【NHK第一回紅白歌合戦放送。初の民放ラジオ局、中部日本放送、新日本放送開局】
昭和26年  9月 【初の民放TV局、日本テレビ開局。CMが増え、コマーシャルソングも登場】
昭和26年  9月 NHKアナウンサーであった初代校長、故・市原光隆によって、日本初のアナウンサー養成学校「東京アナウンスアカデミー」が設立。
昭和29年 【ニッポン放送開局。日本短波放送局開局】
タレント科を新設。本校出身の第1号タレントに井上真樹夫。その他には水垣洋子、曽我町子などが輩出。
昭和39年 【東京12チャンネル開局】
単なるアナウンサー、タレントの養成校から脱し、放送文化の研究および教育に着手し、標準語科の新設へ。
昭和40年 10月 本校を現在ある形まで築き、放送界でその実績確立に努めた初代校長、市原光隆氏が急逝され、二代目校長に市原京子氏が就任。
昭和41年  5月 ディスクジョッキー科(現在の放送タレント・DJ科)を新設。
昭和43年  2月 アナウンス科を再編成。
昭和46年 11月 アテレコ科を設置。
昭和57年  4月 二代目校長・市原京子氏に替わり三代目校長に市原光敏氏(現理事長)が就任。
昭和59年  9月 【NHK、衛星放送を開始】
結婚式司会者養成コース新設。
平成元年 【NHK、NTVでクリアビジョン放送】
アナウンサー養成コース新設。
平成7年 キャスター・レポーター養成コース新設。
放送局アナウンサー受験対策コース新設。
平成 9年  4月 声優・ボーカル養成コース新設。
平成11年 「しゃべりを仕事にする本」出版。
平成12年  1月 【CS放送スタート、多チャンネル時代に突入】
平成14年  9月 本校開校50周年を迎える。
平成15年  6月 5,000人以上の卒業生をマスコミに輩出。
平成20年  4月 声優・ナレーター養成コース開設。

■現在、本校出身のアナウンサー、声優、放送タレント、DJ、キャスター、レポーターは 5,600名を超え、マスコミ界をめざす方の大きな励みとなっています。

アナウンサー学校の伝統と実績

55年の伝統と実績が築いた、業界との確かな信頼関係が魅力のアナウンサーの学校です。
私たちの毎日の暮らしの中で、アナウンサーや声優・DJといった人々の声に触れない日は、ほとんどありません。
そんな彼らの多くがかつて在籍していた学校、それが東京アナウンスアカデミー(TAA)です。
創立55年という伝統と実績を持つTAAはOBやOGも多く、業界との強力なつなりがその最大の魅力。
TAAの受講生を直接獲得するために、毎年、学校内でオーディションやアナウンサー試験を行う放送局や芸能プロダクションの数は34社を超えます。すべての受講生にチャンスをつかむ場が数多く与えられているのです。それこそがTAAの受講生が業界から注目されている証。業界のパイオニアとしての経験と実績が、大きなアドバンテージとなります。

アナウンサー学校の教育理念

卒業後の進路決定に大きな力となる、業界との太いパイプのあるアナウンサーの学校です。
TAAは開校以来50年以上の歴史がある学校です。その実績は現在、放送界との間に太いパイプを築き、卒業後の進路決定に大きな力となっています。また洋画やアニメの世界で活躍しているたくさんの声優も本校の卒業生に名を連ねます。発声、発音、表現力などの基礎的なテクニックだけでなく、業界からも注目される本校は学校内のオーディションも活発。オーディションでのチェックポイントなども、しっかり学ぶことができます。

まず自分の持ち味を確立することが、アナウンサーの夢をつかむ近道。
話す仕事を目指す人にとって、個人の素養、持ち味が話す仕事にとって重要なファクターになります。「しゃべりは人なり」と言われるように、人間性が大きなウエートを占めます。ではどうしたら人間性の幅を広げることができるのでしょうか。まず好奇心を持って何にでも興味を示し、さまざまな知識を身につけることが必要です。視野が広がれば人間的な深みも自ずと生まれてくるものです。しかし短期間に視野を広げることは簡単ではありません。そこで、一つでもいいですから、誰にも負けない専門分野を持つこと。まず自分の持ち味を確立することが、夢をつかむ近道といえます。

アナウンサー学校の理事長メッセージ

スペシャリストである前に、一人の人間として魅力的であることを説くアナウンサー学校です。
TAAはアナウンサーや声優・DJといった声の仕事につきたいという方々の夢がたくさん詰まっている学校です。それぞれの学生の一つひとつの夢と向き合い、応援している学校です。
本校は創立以来、少人数制を守り続け、クラス担任も講師も一人ひとりに愛情をもって接してきました。そうした環境の中で育まれるマンモス学校にはない「アットホームな親近感」が本校の大きな魅力となっています。
話す仕事は、その人が身につけた技術とその人に備わっている個性で勝負する仕事です。しかし、ひとつの仕事には実に多くの人が関わっています。決して自分一人で成り立つものではありません。ですから、そうした人々といかに協調できるかということも大切なのです。「次の仕事もこの人としたい」と思われる人であること。スペシャリストである前に、一人の人間として魅力的であることが問われるのです。TAAでは、話す技術の基本をしっかり教え、最新の業界情報を提供するだけでなく、いかに人間性が重要であるかもつねに説いています。
私たちは最大限のサポートを惜しみません。あとは皆さんが、本気になって夢に向かって進んで行けば、必ずや未来は開けるはずです。期待しています。

理事長 市原 光敏
九州朝日放送アナウンス部を経て、現在東京アナウンスアカデミー理事長、専門学校東京メディアアカデミー理事長。(財)社会通信教育協会理事、(社)東京都専修学校各種学校協会評議員、(財)日本ファッション教育振興協会理事など歴任。